科学にかんしてのrelativismで必ず出てくるのはファイヤアーベントとクーンだけど、まあ立場がかなり違う。
クーンは本業が忙しかったのか、あんましたくさん本を出してない印象。
いつもあの科学革命の構造が引用されるんだけど、
かれはいたって真面目なのだ。たぶん。
科学がどんなふうに発達してきたかを観察ないし考察して、
そこからあのパラダイムってものを見つけた。
クーンのそれはポパーからだいぶん攻撃されたみたいだけど、
ポパーのいってるフレームワークと何が違うのさって、
まあ私なんかは思う。本質的にはそう違わないでしょ。
あるいはクーンは、私のそれはあんたのあれと同じですよって言えばよかったのかな?
もっともパラダイムは概念が拡散しまくっちゃったから、本人も嫌だったみたいだけど。
ファイヤアーベント(めんどくせえ名前だ)はもっと不良で、
こいつ方法への挑戦の第一版ではかなりふざけていて、
それが「アナーキズムよりもむしろダダイズムから来ている」ことをほのめかしている。
あんまし売れちゃったし、批判も浴びたし、
アメリカでは「ポリティカリー・コレクト」であることをいつも求められるし
(案外と窮屈なコミュニティかもね)
ってんで、ペーパーバックの第三版になるころにはそんなの削っちゃって、
なんか知らん顔してるけど。
でもポパーを否定するにあたってアナーキズムを出してくるあたりかなりの不良だ(笑)。
かつての師匠なのにね。たぶん不肖の弟子だっただろうとは思う。
さてクーンもそこから退いたっていう(ただ書いたものは残るからね)
アバンギャルドなrelativismの大きな問題は、
やっぱファイヤアーベントの言ってた「なんでもあり」にあるとおもう。
・確実に確かだということはできない
まあそれはそのとおりだとしても
・だからなんでもありなんだ
とはならないだろう。
かれは人々が呼吸をするスペースを与えたのだっていうんだけど、
そんな人々は科学まわりで呼吸しなくてもいいよ。
消えてくれ、邪魔だから。
ってか、こいつたぶんゾンビだろう、もう。
書いたものって、残るからなあ。
ダダイズムって、ちょっと間違うと、反知性主義になっちゃうよね。
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