あれれ? ってとこがやっぱでてくる。
モーダル・トレンスって話法に確率論を組み込んだ時、それはダメになるって話なんだけど、
これ本当かなあ。
p(O|H)が高く、
Oでないなら、
すなわちHは棄却されるべきである。
そうなりそうだよね。素朴に考えると。
なんでそうならないかっていう説明を、
どんなにHがひとつの観測に高い確率を与えるとしても、
何回もくりかえすと
p(O1O2O3...O999|H)はかならず低くなるはずだから、
そもそもこれが成立しなくなるからだ。
って説明してる。
なんだそりゃ。
なんかへんな逃げを打ってるように思う。
何回も繰り返して、それを掛け算して確率を求めているってことは、
それらOがすべて成立するってことを求めているってこと。
だれもそんなの望んでないんじゃないか?
ってかそもそもの「p(O|H)が高く」が与えられてないからダメじゃね?
あと尤度主義ってまとめかたも、それ、どのくらい人々は納得してるかなあ。
ありがたいことにわかりやすく書いてあるから、疑問がストレートにでてくる。
どんなにHがひとつの観測に高い確率を与えるとしても、
何回もくりかえすと
p(O1O2O3...O999|H)はかならず低くなるはずだから、
そもそもこれが成立しなくなるからだ。
にかんして。この確率論的モーダル・トレンスが成立しないことについて
SoberはRoyalの本と、あと2つの本を引用もしていた。
たまたま、Royalの本は持ってたのだった(読めよな)。
見てもしかし、確率論的モーダル・トレンスについてはなんもかいてない。
Fisherのはダメってことは言ってる。なぜか。それは最尤の定理に反するからだ。
でもその定理ってかなり怪しいぞ。定理っていってるけど、
実際には決意表明みたいなもんで、そしてかなり怪しいものだ。
ってわけでなんとなくSoberの立場もわかったような。
このひとも、立場で考える人なんだわ。
ちょっとがっかり。
まあ、使えるところだけ使わしてもらおうかなっていえば、
それはチェリーピッキングになっちゃうなあ。
まあいちおう書いておくと、
p(O1O2O3...O999|H)はかならず低くなるはずってのは、
統計学では多重性検定問題っていうところで扱う。
無限回に繰り返されるテストのなかで一回でも過ちを犯す確率を、
たとえば5%に抑えることはできない。
当たり前のこと。
テストを無限回に繰り返すってことがそもそも、へんな前提なのだ。
モーダル・トレンスが正しいのは論理的にも集合で考えても明らか。
そこに確率を持ち込むのはそんなにおかしいこととは思えない。
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