2015年12月1日火曜日

Soberがみた確率論的モーダル・トレンス

というわけでいまSoberを何冊か横において読んでいるわけですが。

あれれ? ってとこがやっぱでてくる。

モーダル・トレンスって話法に確率論を組み込んだ時、それはダメになるって話なんだけど、
これ本当かなあ。

p(O|H)が高く、
Oでないなら、
すなわちHは棄却されるべきである。

そうなりそうだよね。素朴に考えると。

なんでそうならないかっていう説明を、
どんなにHがひとつの観測に高い確率を与えるとしても、
何回もくりかえすと

p(O1O2O3...O999|H)はかならず低くなるはずだから、
そもそもこれが成立しなくなるからだ。

って説明してる。
なんだそりゃ。
なんかへんな逃げを打ってるように思う。


何回も繰り返して、それを掛け算して確率を求めているってことは、
それらOがすべて成立するってことを求めているってこと。

だれもそんなの望んでないんじゃないか?
ってかそもそもの「p(O|H)が高く」が与えられてないからダメじゃね?
あと尤度主義ってまとめかたも、それ、どのくらい人々は納得してるかなあ。

ありがたいことにわかりやすく書いてあるから、疑問がストレートにでてくる。
どんなにHがひとつの観測に高い確率を与えるとしても、
何回もくりかえすと

p(O1O2O3...O999|H)はかならず低くなるはずだから、
そもそもこれが成立しなくなるからだ。


にかんして。この確率論的モーダル・トレンスが成立しないことについて
SoberはRoyalの本と、あと2つの本を引用もしていた。

たまたま、Royalの本は持ってたのだった(読めよな)。
見てもしかし、確率論的モーダル・トレンスについてはなんもかいてない。
Fisherのはダメってことは言ってる。なぜか。それは最尤の定理に反するからだ。

でもその定理ってかなり怪しいぞ。定理っていってるけど、
実際には決意表明みたいなもんで、そしてかなり怪しいものだ。

ってわけでなんとなくSoberの立場もわかったような。

このひとも、立場で考える人なんだわ。
ちょっとがっかり。

まあ、使えるところだけ使わしてもらおうかなっていえば、
それはチェリーピッキングになっちゃうなあ。


まあいちおう書いておくと、
p(O1O2O3...O999|H)はかならず低くなるはずってのは、
統計学では多重性検定問題っていうところで扱う。

無限回に繰り返されるテストのなかで一回でも過ちを犯す確率を、
たとえば5%に抑えることはできない。

当たり前のこと。

テストを無限回に繰り返すってことがそもそも、へんな前提なのだ。

モーダル・トレンスが正しいのは論理的にも集合で考えても明らか。
そこに確率を持ち込むのはそんなにおかしいこととは思えない。

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