2015年12月1日火曜日

relativismが科学にとって邪魔な理由

この考えにたつと、とくにファイヤアーベントの「なんでもあり」は、
知見が寄せ集められないのだ。

科学は、多くの研究者が持ち寄った小さな知見を統合することで成立している。
大きすぎて扱いきれないものを分割して、その総和を見ようという試み。

そこは「問題を分割しうる」「細部の総和は全体と等しい」
というデジタルなものの見方が前提にある。
いわゆる還元主義である。

だから、「この現象は、この見方をしたときには、これを意味する」というタイプの知見は、
この目的にはそぐわないのだ。
見方をブラすな。
勝手に見方をつくるな。
欲しいのは絶対的な知見なのだ。

この要求は、たしかに教条主義的に聞こえるかもしれない。
人間の営みとしていかがなものか? 息がつまるよ。
ファイヤアーベントの主張の眼目はそこにある。

しかしまあ科学ってそういうものなのよ。
いやなら他にいきなさい。
好きに虫でも捕まえていなよ。

relativismは、あらゆる見方を、等価なものとして扱ってしまう(危険性がある)。
そんなわけないじゃん。
科学者は、いかに客観性を維持するかについて、心を砕いているのだ。
きみら一見さんがきて好き勝手していいわけじゃないんだよ。

だけどこういうクズい考えと、
難解な文体って、文系のインテリゲンチャんに受けるんだろうなあ。

なんて考えると、ああ反知性主義ってこうなのかなとか思ったりね(笑)。
売れすぎちゃったからなあファイヤアーベント。
ダダから攻撃されるようになれば、ダダも一人前だ、とか言ってね(笑)。

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