2015年12月1日火曜日

Soberさんまとめ

An Introduction to Mathematical Taxonomy
(Cambridge studies in mathematical biology)
by G. Dunn (Author), B. S. Everitt (Author)

DATE PUBLISHED: May 1982
ISBN: 9780521283885


タクソノミーを数学的にやろうということでいくつかの本をよんでたなかに、こういう入門書があった。
ここで、この分野の哲学がまちまちだということを紹介するために、
ファイヤアーベントのanything goesがでてきた。

この科学哲学者がどういう文脈でこれを言ったのかが気になって、
しばらくファイヤアーベントを読んでみたが、
結局このひとはダダイズムとか、
どうかすると反知性主義みたいな立場でこう揶揄しているのだとわかった
(そして必ずしも分類とか進化とか生物学を念頭にしておらず、
もっと科学一般をそう表現しているのだと)。

ところで、ファイヤアーベントさんのはなんだか不必要に文体が難解で、
ちょっといらいらする、日本語訳されててもわかりにくいし、原文でもわかりにくい。
科学哲学なのに、読者として科学者を前提にしてないような気がする。
あんまり論理飛躍をされると、投げ捨てたくなるんだけどなあ。


ポパーからしばらくの科学哲学はとにかく大風呂敷を広げてしまって、
社会科学も自然科学も同じ土俵で扱いたがる。
実際にはいろんな分野が異なる前提で動いているのになあ、
とおもってたところで、たまたま、三中先生の系統樹思考の世界を手にした。

さすがだとおもったのは、こうしたダダ的なところを歯牙にもかけないで、
そして大風呂敷をやめた科学哲学者がいること、
帰納と演繹だけじゃない考え方が認められてきていること、が書いてあって、
ああこの本をそのまま引用したいなあとか思った。
よくある科学の定義として5つくらい条件を出してるやつとか、
案外と、引用しやすい資料ってないしなあ。
あれオリジナルなんだろうなあ(?)。

まあしかしオススメのSober先生のを何冊か読んでみている。
たいへんわかりやすいので驚く。数学的なセンスがある書き手なんだな。

なんだけど、さはさりながら、だからこそかな、ひっかかるところが明確になる。
自分に関連するところだからそのひっかかりが気になる。
2点ある、どっちも統計のテストのあたり。

Soberさん統計学者を3つに分類している(科学と証拠、名古屋大学出版会)。
frequentist、ベイジアン、そして尤度主義者。

私はこの最後のやつに出会ったことがなかったので、ちょっと驚く。
Soberさんは(何度かつかってる)グレムリンのレトリックで、
屋根裏がさわがしいという観察結果から、
それはグレムリンのせいだという結論を導くときに、
このグレムリン仮説は尤度が大きい、
ほとんど1になる(いたらうるさいだろうから)ことを解きながら、
しかし尤度がより大きい仮説を選択するのが尤度主義だと説明する。
もし実在するのなら、バカじゃないかそいつら? と思う。
そう思うのはあなたがベイズ的な考えをしたからだとも説明する。


さて統計学者の分類に関しては、たとえば統計学者のJames 0.Bergerは、
Could Fisher, Jeffreys and Neyman Have Agreed on Testing?
Srarrsrrcal Science Vol 18. No. 1. 1-31 2003のなかで、

frequentist、ベイジアン、そしてフィッシャーら、という捉え方をしている。
かれらは同じ手法をつかうけど、データの解釈の哲学が違う。

Bergerの分類のほうが、より現場としてはわかりやすい。


もうひとつのひっかかりは、フィッシャーのテストがダメだということをいうために、
確率的なモーダスポネンスがダメだからと言ってること。
なんでダメかというと、
テストを繰り返していけば、どんなに前提の確率を高く設定しても、
掛け算すればゼロみたいに小さくなるから、
そもそもモーダスポネンスが成立しないからだと説明している。

これ、たぶん統計では「検定の多重性」として知られている概念で、
まあたとえば古くはボンフェローニが研究したあたりでは。
テストを無限回にくりかえして、そのなかで間違いを許容しなければ、
テストそのものが成立しなくなるのは現場では常識。
だからSoberさん、ここではなんか変なことを言ってると思う。

いちおうこれには引用もあって、そのひとつの本が手元にあったのでちょっと見てみたら、
そのひと(Royal)もフィッシャーを攻撃してfrequentistを擁護するにあたって、
しかしなぜか尤度主義を用いている
(そして多重性については触れていない、
Soberは引用した文献とは異なるレトリックを使っていたことになる)。
まあこれら三者がお互いを攻撃するのはぜんぜんふつうのことなので、特に驚きはしない。

確率的なモーダスポネンスについては、数学者が説明をしている。
Wagner CG が Brit. J. Phil Sci 55 (2004) 747-753で、
どんな性質があるのかを、ある条件と帰無仮説の確率について定量的に示している。
ごく短いけど、とても明確に。

結局あの統計学者の3つのスクールというのは、
帰無仮説がもともともっている確率がかなり異なる3つのケースを念頭にしているから、
確率的なモーダスポネンスの意味合いが違っていて、議論がかみ合わない
(ポパーの言うフレームワークなり、クーンの言うパラダイムなりが違う)んではと
私はおもう。

というわけで、たぶんこの部分にかんしてはSoberさん言ってることがおかしい。
それが進化や分類を考える上でなんらかの支障になるかどうかは私にはわからない。
私は自分の分野ではFisherの考えをとることが多いから、
Soberさんは引用しないだけだ。
もし将来においてこれが障壁となるのなら、
そのときにまあコメントでも書くのだろうけど。。。

ご本人に確認してみようかしら。お節介かしら。

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